大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)584号 判決 1976年4月08日

上告人

内片徹郎

右訴訟代理人

黒田喜蔵

外一名

被上告人

旭東開発株式会社

右代表者

桑田昭

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担する。

理由

上告代理人黒田登喜蔵、同黒田登喜彦の上告理由第一について

確定日払の約定手形であつても、振出日は手形要件であるから、その記載が白地である限り、右手形の所持人は手形上の権利を行使することができないものであり(最高裁昭和三九年(オ)第九六〇号同四一年一〇月一三日第一小法廷判決・民集二〇巻号八号一六三二頁)、また、喪失した白地手形について除権判決を得た所持人が手形外で白地を補充する旨の意思表示をしても、これにより白地補充の効力を生じたものとすることはできないのである(最高裁昭和四二年(オ)第一四〇三号同四三年四月一二日第二小法廷判決・民集二二巻四号九一一頁、同昭和四四年(オ)第九六七号同四五年二月一七日第三小法廷判決・裁判集民事九八号二〇九頁)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

喪失した白地手形について除権判決を得た者は、手形債務者に対し喪失手形と同一の内容の手形再発行を請求する権利を有しないものと解するのが、相当である。けだし、除権判決を得た者が喪失手形の再発行を請求しうるものとするならば、その者は、それによつて単に喪失手形の所持人と同様の権利行使の形式的資格を回復するにとどまらず、手形の再発行を受けることにより、恰も喪失手形を流通に置きうるのと同一の法的地位を回復することとなり、除権判決にこのような実体的効果を付与することは、除権判決制度の予想しないところというべく、喪失手形の再発行請求がその白地部分の補充を目的とする場合であつても、右と理を異にするものではないと解すべきだからである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の前記昭和四五年二月一七日第三小法廷判決は、除権判決取得者が手形債務者から任意に手形の再発行を受けた場合について判示したものと解されるのであつて、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張して原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人黒田喜蔵、同黒田登喜彦の上告理由

第一、原判決が上告人の第一次的請求を排斥したのは失当である。蓋し、

振出日欄が白地である手形が転々と流通し、最終所持人が之を補充せずに白地のまま支払場所に呈示し、決済されているのが我国の手形取引の現状である。若しかかる場合に、決済後振出人(約束手形の場合)又は引受人(為替手形の場合)が白地が、補充されない為該手形は無効であると主張して、最終所持人に一たん支払つた手形金の返還請求を許すとせば、我が国の手形取引はただちに混乱に落入ることは自明である。そもそも手形は満期の日より以前に振出されたものであることは当然で振出日欄が白地である場合でも同様である。従つて振出日欄が白地である手形は満期の日より以前に振出されたものであると見なして有効な手形と解すべきである。従つて手形につき振出日欄白地として除権判決を得た者は当然該手形の所持人たる地位を回復し、振出人又は引受人に対し手形金の支払を請求しうるものである。而して振出日欄白地の手形について手形が存在する場合には、その手形の振出日欄に補充すべきは勿論であるが、手形がない場合には右補充ができない為、除権判決を得て白地の振出日欄を何年何月何日と補充した旨主張すれば足りると解すべきである。尚最高裁判所昭和四三年四月一二日第二小法廷判決は「白地手形を喪失した所持人は除権判決を得ただけでは、白地を補充して手形上の権利を行使することができないし、手形外で白地補充の意思表示をしても、これにより白地補充の効力が生ずる訳ではない」というも、手形取引の実状では、前述の如く振出日欄が白地のものが多く、白地手形に除権判決を認める以上、右最高裁の判決は余りにも形式論理的で、白地手形の除権判決取得者の保護に欠ける処大にして、白地手形の除権判決取得者は「証書に因れる権利を主張することを得」(民訴訟第七八五条)というのは、手形がなくとも、補充権を行使して手形権利を成立せしめ、之を行使しうると解釈すべきである(河本一郎、河合伸一編手形小切手の法律相談三一二頁以下、田中誠二外二名著コンメンタール手形法七五七頁、法曹時報二〇巻七号二一七頁以下参照)

然るに原判決は振出欄白地の手形は無効であり、その補充は手形面上になすべきで、除権判決を得るも振出日欄を補充し得ないと解して上告人の請求を排斥したのは違法である。

第二、原判決が上告人の第二次的及び第三次的請求をいずれも棄却したのは違法である。

原審で上告人が提出した昭和四九年二月二二日附控訴の趣旨等訂正申立書の末尾に添付した裁判例である名古屋高裁昭和四八年三月一九日判決の事案は全く本件と同じ事案で、勝訴の判決を言渡しており、同判決は事案の解決上全く正当であると思料するから、重複を避け、同判決の理由をに援用する。のみならず最高裁判所昭和四五年二月一七日判決は本件の如き場合には商法第二三〇条第二項を準用して、上告人は被上告人に対して本件白地手形の再発行を請求する権利があると判断しているから、この点においても原判決は右最高裁判決に牴触している。

而して本件の場合、上告人は被上告人に対し第一審提出の昭和四七年五月一六日附請求の趣旨等訂正申立書で本件喪失手形の再交付を請求した処、被上告人は之を拒否した。よつて上告人が本訴で勝訴するも、被上告人は上告人に対し右手形再交付に応じない虞あるを以て、上告人は被上告人に対し右手形再交付義務の不履行を原因として之に代る損害の賠償即ち本件手形金に対する金四二四、〇〇〇円及び之に対する右請求後の昭和四七年五月一九日降以完済迄商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を請求することができ、仮に然らずとも、上告人は被上告人に対し本件白地手形の再発行を請求する権利があるというべきである。

尚この点につき、理由の三の4において、「喪失白地手形につき除権判決があつた場合に申立人が、振出人に対して白地手形の再発行請求権を肯定した上、新手形に補充する等の方法により手形喪失者を保護しようとする見解があるが、これを白地手形についてだけ認容することは完全手形の場合と均衡を欠き、(完全手形の場合にはその必要性が薄い)、また手形喪失のすべての場合に手形再発行請求権ありとすることは、手形を回復することに帰し、新手形の流通の可能性等とも合わせ考えると、申立人に除権判決の効果以上のものを付与することになり、相当ではない。」と、又次の5において、「これに関し商法二三〇条二項の規定は株券喪失者が除権判決を得た場合にはその再発行請求権があることを前提としているが、株券と手形とはいづれも有価証券である点においては同一であるが、前者は株式会社における構成員たる株主の地位、株式を表章するものであるに対し、後者は単に手形関係者の金員請求権を証券化したもので、その間に性質上の差があり、根拠法も相違するもので、右法案をただち手形に類推適用することはできないものと解するのが相当である。」と判断しているが、かかる見解に立てば喪失白地手形につき除権判決を得た者はただ除権判決を得たのみで、振出人又は引受人に対し何らそれ以上権利を行使することもできず、従つて法的には何等の保護も受け得ないことになり、白地手形の除権判決取得者に対し苛酷な結果を招来することは明白である。原判決もその理由の三の3で判断している如く、手形が完全手形である場合には、除権判決によつて申立人は手形請求権を行使しうるが、白地手形の除権判決取得者は白地手形なるにつき直ちに手形金請求権を行使得ないのみで、我が民事訴訟法の除権判決制度が不備不十分であることは識者の認める処であり、成程株券と手形とは差異あることは認めるも、いづれも有価証券であり、その喪失の場合には両者ともその権利行使を可能ならしめる為に除権判決制度があるを以て、手形の除権判決にも商法第二三〇条第二項を類推適用すべきが当然であり、原判決はこの点において重大な違法を犯している。

よつて最高裁判所はこの際白地手形の除権判決取得者に対する救済措置を明白ならしめる為、原判決の破棄自判を求める。

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